大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9367号 判決

判   決

東京都渋谷区原宿三丁目二八七番地

原告

原宿梱包資材株式会社

右代表者代表取締役

高橋正五

右訴訟代理人弁護士

森吉義旭

同右

森吉昭三

同右

四宮久吉

同右

藤井光春

同右

斎藤栄一

同都千代田区丸ノ内三丁目一番地

被告

東京都

右代表者東京都知事

東龍太郎

右指定代理人

泉清

同右

安田成豊

同右

岡村賢治

同都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

宇佐見初男

同右

関口重三

同右

納谷貢一

同右

高花輝明

同都渋谷区美竹町三八番地の一

被告

首都高速道路公団

右代表者理事長

神崎丈二

右訴訟代理人弁護士

草野治彦

同都港区芝海岸通三丁目一番地

被告

神田トキ

同所同番地

被告

青木勝治

同所三丁目二番地

被告

株式会社熊谷造船鉄工所

右代表者代表取締役

藤山純

広島県尾道市吉和町一四〇〇番地の二

被告

豊晋一郎

右被告五名訴訟代理人弁護士

秋山博

右当事者間の借地権確認等請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、原告の本件訴を却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

理由

別紙のとおり。

東京地方裁判所民事第三二部

裁判官 富 川 秀 秋

理由

一、原告は被告東京都ほか二名に対する当庁昭和三六年(ワ)第六七八二号事件において、被告東京都ほか一名に対し、原告が東京都港区芝海岸通三丁目七番地同八番地一一番地にまたがる宅地合計三、二九五坪九合につき建物所有を目的とする賃借権(以下単に借地権という)を有することを主張してその確認並びに目的土地の引渡を求め、予備的にその引渡のできないときこれに代る損害賠償としてその借地権価格(右土地の時価は坪当り一〇〇、〇〇〇円であるから、その借地権価格はその七割相当額すなわち坪当り七〇、〇〇〇円を下らないと主張して)合計二三〇、七一三、〇〇〇円の支払を求め、被告国に対し昭和二〇年九月初旬前記宅地上に存在していた原告所有の建物が、占領軍に接収せられ滅失せしめられたと主張して右建物及びその利用に関連する営業利益四五、七五一、八六〇円のうち金三〇、〇〇〇、〇〇〇円の損失補償金の支払を求めたのであるが、その訴状には右借地権関係の請求につき目的土地の固定資産税評価額坪当り六、八〇〇円を標準としてその二分の一相当額を、損失補償につきその請求金類をそれぞれその訴訟額として、これに基いて算定した収入印紙金一八四、一五〇円を貼用している。

また右事件に併合された被告神田トキほか三名に対する同年(ワ)第九三六五号事件においては原告は被告らに対し前記宅地のうち被告らの所有する五三五坪四合二勺につき、前同様借地権の存することを前提としてその確認、目的土地の引渡もしくはこれに代る損害賠償合計三七、四七九、四〇〇円の支払を求め、その訴状には同様に算定した収入印紙金一〇、四五〇円を貼用したのである。

二、民事訴訟用印紙法第二条によれば、財産上の請求にかかる訴状には民事訴訟法第二二条第一項第二三条に基いて算定した訴訟物の価額に応じて収入印紙を貼用すべきものであり、同法第一一条には同法に従つて印紙を貼用しない民事訴訟の書類はその効力がないこととされている。

また民事訴訟法第二二条には訴訟物の価額は原告が訴を以て主張する利益によつて算定するものと定められているのであるが、その訴を以て主張する利益とは原告がその請求を全部認容する旨の判決を得た場合これによつて直接受けるところの経済的利益を客観的かつ金銭的に評価して得られる数額と定義されている。

思うに訴状に印紙の貼用を命ずる法の趣旨は、民事訴訟が私人間の紛争の解決或は私権の保護を目的とする制度であることから、自ら処分することの可能な権利(財産権)についてその保護を国家に要求する場合には、これに要する費用の一部として国家換言すれば全国民に対して相応の金員を支払うことを要求し、これによつて濫訴健訟を防止せんとするにあるであろう。

して見ると印紙の貼用は一種の受益者負担の性質をも有すると解せられるのであり、その算定の基礎となる訴訟物の価額もこの趣旨に則つて定められねばならないのであつて、従つてそれは法律的には別個の権利主張を含んでいても経済的利益の追求としては重複する場合その部分は合算さるべきでないとされる半面その主張する経済的利益が本来金銭で表示されているときはその金額が、またその主張する経済的利益について市場価格の存する場合にはその価格が訴額とされることとなる。それは金銭的に評価された経済的利益そのものであり、法令に別段の定めのないかぎり目的たる権利が動産であろうとはた不動産であろうとその種類には関わりなく、同一価値の経済的利益を追求するものは同額の印紙の貼用が要求されねばならないのである。

三、そこで原告が訴額算定の根拠とした固定資産税評価額について考えてみよう。いわゆる固定資産税評価額とは地方税法第三四九条により市町村がその地域内に存する土地建物等の固定資産に対して課する固定資産税の課税標準として右土地建物等につき定める価格(以下課税標準という)をいうのであるが、課税標準は専ら地方税徴収の便宜と当該市町村内での課税負担の公平をはかることを目的として定められたものであることは同条において原則として三年間を通じ同一価格が用いられることとなつている半面、その経済的価値に大きな影響を与えるとは考えられないところの市町村の境界変更が、建物の改築損壊等と同様に扱われ、前記課税標準三年間据置の例外である価格変更の行われる場合の一つとされていることによつてもこれをうかがうに充分である。

すなわち課税標準は必ずしも当該不動産の交換価格を表示しないばかりでなく急激な人口増加と産業発展に伴つて不動産価格の暴騰している東京都においては、課税標準は現実の取引価格のわずか百分の一にも達しない場合も稀でなく殆どすべての場合これを下廻つているものとさえ考えられるのである。

四、もとより不動産は人工によつて任意に作り出すことのできる動産と異り、急激な需要の増加に応じ得ないものであり、しかも建物についてはもとより土地についても、その位置形状環境高低等多種多様な要素によつてその価格が決定されるのであつてこれを適時適確に把握することは至難の業に属するというべく、従つて原告のように不動産を目的とする訴訟において、課税標準を以て訴額算定の一応の基礎とすることも、これによつて手続の簡明迅速を期し得る点において意義なしとしないけれども、上述したような法の趣旨と課税標準の現状より見れば右のような取扱が妥当か否かは極めて疑わしい。百歩を譲つてそのような取扱を容認するとしても、それはあくまで便宜上課税標準を当該不動産の取引価格と推定するというにすぎないのであるから、訴訟提起の段階においてすでに目的不動産の価格(近似値としても)が判明し、しかもそれが課税標準を著しく上廻る高額であるような場合にもなお、これを無視して前記のような課税標準を基礎とする取扱を固執することは、むしろ滑稽ですらあり得るとしても決して法を尊重する所以ではないであろう。

すなわち裁判所はこのような場合には上述したような法の趣旨に則り、その明らかにされた取引価格(或はその近似値)に基いて、印紙の増貼を命ずべきものと解するのである。

五、もとよりこのような見解に対しては種々の反対説があり得よう。

たとえば民事訴訟法第二二八条が裁判長の訴状審査を規定していることから、訴状貼用印紙の多寡など比較的些未な事項はこれを口頭弁論以前の段階において処理さるべきが当然であり、すでに口頭弁論の開かれた後にあつては受訴裁判所の責務は本案審理に専念することのみに存するのであるとの説が考えられる。

もとより民事訴訟の終局の目的が紛争の解決にあると考えられる以上、受訴裁判所が本案審理に全力を傾注し事案の解明に努力すべきこと論を俟たないけれども、それだからといつて本案前の問題である訴訟要件が軽視されてよい道理はなく、印紙貼用を命ずる法の趣旨を上述のように解するときは、口頭弁論開始の前後を峻別して受訴裁判所に訴状審査の権限なしとすることはできず、かえつて裁判所は訴訟の如何なる段階においてもその補正を促す権限を有し、もし原告がこれに応じないときは判決を以て訴を却下すべきものであることは、すでに東京高等裁判所昭和二四年(ラ)第八号事件の先例の示すところである。

蓋し国家に対しその権利の保護を求める者は、法の定める順序と方法に従つて要件を具備した後においてのみこれを主張すべきであり、自ら正当な手続を遵守せずして法の保護を求めることはそれ自体矛盾であるのみならず、裁判所がその要件を軽視することは一面において訴訟手続に関する法令を自ら破りかつ手続を遵守して正当な職権発動を要求する者としからざる者とを無差別に取扱う実質的不公平をもたらす結果となるであろう。

当裁判所はかかる見解には到底賛同することができない。

またさらに不動産関係訴訟において課税標準を以て訴額算定の基礎とすることは昭和三一年一二月一二日最高裁民事甲第四一二号(訟ろ―二)最高裁判所事務総局民事局長通達に基くものであり、かつこれによつて全国各裁判所において一致した取扱がなされているのであるから、右通達の趣旨または確立した取扱に反して不動産の実価を以て訴額算定の基礎とすることは徒らに手続の混乱を招くにすぎないとの主張がなされている。

いうまでもなく最高裁判所は訴訟に関する手続その他について規則を定める権限を有し、その効力は憲法の定める範囲内においては国会の制定する法律に優先するのであるから、もし訴額の算定或は訴状の印紙貼用などについて最高裁判所が民事訴訟法第二二条第二三条もしくは民事訴訟用印紙法第二条第一一条の各規定の内容を補充し或はこれと異なる内容の規則を制定したとすれば、前記法条の定めはこれに従つて変更を受け裁判所のみならず全国民はひとしくこれに拘束されることとなるのであるが、しかし最高裁判所といえども右のような規則以外の形式による法規範を設定する権限を有するものではなく、まして裁判所法第四一条によりその庶務を掌るものとされている事務総局にそのような権限が与えられているものとは到底考えられないから、右通達の趣旨がかりに民事訴訟法同印紙法のいずれかの規定に抵触するとすればその限りにおいて効力を有しないものといわなければならない。しかしながら右通達はこれを精読すればかかる趣旨を含むものとは認めがたいのであつて、それは裁判長による訴状審査以前の段階におけるいわゆる訟廷事務すなわち事実上の訴状受付に当り裁判所の担当職員(裁判官を除く)に対しその判断基準を示したにすぎないものであつて、このことはその全文とくに訴額につき争ある場合には右基準が適用されない旨明記されていることによつても明らかなところである。

そうして不動産関係訴訟事件において目的不動産の実価の決定が困難な場合が少くないことは前述のとおりであり、そのために訴状受付が遅延し或はこれを拒否されるようでは国民の権利の保護は期し得られないこととなるのであるから、後にあらためて訴額を算定するとしても一応このような基準に従つてこれを受付けることとし、その取扱を一定ならしめることは極めて当然のことであつて右通達はこのような趣旨で定められたものと解せられるから、その存在は目的不動産の実価に従つて裁判所が訴額を決定することの妨げとはならないのである。

さらに印紙貼用を定める法の趣旨が前述したとおりであるとすれば、たとえその主張のように課税標準を以て目的不動産の価格とみなし、その反証を許さないような慣行が存在したとしても、これに拘束さるべきでないことはもちろん進んでこれを否定することこそ裁判所の責務と考えられるのである。

何となれば裁判所の権限もまた国民の信託に由来するのであり、国民は裁判所に対し憲法と法律とが裁判所によつて適正に実現されることを要請しているのにかかわらず、右のような慣行は民事訴訟法第二二条の趣旨に反しかつ公平の原則を破り法の認めない差別待遇を強いるの結果となるからである。

このような主張の誤りであることは多言を要しないであろう。

六、そこで本件訴についてその訴額を検討する。

原告が係争土地の地価を坪当り一〇〇、〇〇〇円と評価し、その借地権価格をその七割と主張して被告東京都ほか五名に対し、借地権確認と併せて目的土地の引渡を求め、その引渡のできないときはこれに代る損害賠償として前同額の全員の支払を求めていることは前述のとおりである。

係争土地は都心に近くその地価が近年著しく昂騰していることは公知の事実でありその主張する時価坪当り一〇〇、〇〇〇円は高額にすぎるとは認められないし、自ら権利を主張する者としてその経済的利益を最もよく認識している筈の原告が本訴提起に当つて何らの根拠もなくその価額を徒らに誇張したものとは考えられないから原告主張の右価額は一応妥当な価格であると認めざるを得ない。

もつとも原告は当裁判所が右価格を基礎として印紙増貼を命ずるや、にわかにその主張を変更し右借地権価格は坪当り四、七六〇円すなわち課税標準の七割相当額であるとし、これに伴つて前記損害賠償額もその限度に減縮して請求するという。

しかしながら訴訟物の価額を如何に算定するかは裁判所の職権に属し、当事者がこれにつき処分権を有するわけではないから、右のような主張の変更はそれが請求自体の減縮すなわち原告の得べきところの経済的利益の減少を来さないかぎり、影響を及ぼすものではない。

そうして右主張について考えてみると、本件係争土地の時価が坪当り六、八〇〇円であるとかその借地権価格が同じく四、七六〇円であるなどということは、その位置環境より見てあまりに非常識の感を免れず到底信用することはできないのみならず、原告がさきにはこれを坪当り一〇〇、〇〇〇円或は七〇、〇〇〇円と主張しながら、にわかにこれをその百分の一にも満たないものであると主張を変更するについて何らかの合理的根拠の存在したことは全く見出し得ないから、右主張変更は単に印紙増貼命令の効果を免れる目的でなされた客観的事実に基かないものと認めるのほかなく、結局その借地権価格は前記のとおり坪当り七〇、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

またいわゆる請求の減縮も単に予備的請求のみに関するものであつて、係争土地の借地権の確認及びその引渡を求める本位的請求には変動がないから、これによつて本件各請求の訴額に何らの影響を与えることはないのである。

そこで被告東京都ほか二名に対する当庁昭和三六年(ワ)第六七八二号事件の訴額が幾何であるかを調べてみると、原告は宅地三、二九五坪九合の借地権その価額合計二三〇、七一三、〇〇〇円及び建物並びに営業利益の損失補償三〇、〇〇〇、〇〇〇円の合算額二六〇、七一三、〇〇〇円の請求をなしているものであることは前述したとおりであるから、原告はその訴状に、民事訴訟用印紙法第二条に従い算出した収入印紙金一、三〇七、三五〇円を貼用すべきものであると認められる。

ところで原告は右事件のほか被告神田トキほか四名に対し、右事件の訴訟物の一部を訴訟物として当庁昭和三六年(ワ)第九三六五号事件を提起し、両事件は併合審理されていることは前述したとおりであるが、かかる場合両事件の訴訟物の価格に相当する印紙を各別に貼用する必要のないことはすでに大審院明治三四年(オ)第四九三号事件の先例の示すところであり、当裁判所もこれを相当と認めるので右先例に従うこととする。

そうすると原告が右両事件の訴状にすでに貼用した印紙額が合計一九四、六〇〇円であることは前述したとおりであるから、昭和三六年(ワ)第六七八二号事件訴状に貼用すべき印紙額金一、三〇七、三五〇円から右金額を控除すればその不足分は金一、一一二、七五〇円となること計数上明らかである。

七、当裁判所は上記見解のもとに昭和三七年七月二七日午前一一時に開かれた本件第八回口頭弁論期日において、原告に対し同年八月二六日までに不足分印紙を貼用すべき旨の決定を告知した。

しかるに原告は右告知を受けながら指定期限を徒過し、なお、その追貼をしない。

そうすると民事訴訟用印紙法第一一条の定めにより原告提出の右両事件の訴状はいずれもその効力を有しないこととなり、従つてその訴はいずれも不適法といわざるを得ないので民事訴訟法第二〇二条に従い判決を以て右訴を却下する次第である。

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